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読んでもためにならない  個人的な話
by ninemonsters
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振り返ると
今日は誕生日だ。
素直に嬉しい。
そこでこれまでのことを振り返って
書きたいことがあったので
今日はサザエさんを見習って2本立て。

「客観視すること」

よく教授だったり偉い人だったりが
自分を客観視することの重要性を語る。
でも僕はそれは違うと思うんだ。

確かに仕事の場面だったりでは
それに近い意味のことは重要だと思う。
独りよがりになってしまうことを回避できるし
物事をスムーズに進められる。
でもこれを客観視と呼ぶのがどうかということだ。
クレバーであればいいことであって
自分の客観視とは少し違う気がする。

では逆に客観視するとどうなのか。
このBlogは僕の主観で書かれている。
しかし、書くとこはほとんどが客観的に観察したことだ。
最近恐いとよく思う。
客観的に見れば見るほど
あるはずの主観が見当たらない。

しかし悪いことばかりではない。
客観的立場から眺めることで
新たな発見もある。
知らなかった一面も見える。
ただ目的ありきだと言いたい。

目的もなく客観視を続けるとどうなるか。
意識の離脱。
それも限りなく不可逆だと思う。
自分は何をしたいのか、
そもそも何を望んでいたのか、
自分って何。
そこには寸分の整合性も見つからず
激しく苦しくなるかもしれない。

客観視することはコトだけでいい。
自分にその目を向けなくていいと思う。
うまくいけば近道が見つかるかもしれないが
別に遠回りで構わないだろう。
情熱を持ち合わせているなら
そんな小細工は必要ないと僕は思う。
その情熱を見つけるほうが
難しいに決まってるから。

と苦しくなったので書いてみた。


「死」

始めに。
何度も言うように僕は死ぬのが恐い。
無であることが想像できないから。
生きてる今、頭の中を無にすることは不可能だ。
死んだフリをしてみても何か考えてる。
眠ってる時でさえ、この頭は働いているんだ。

考えてもわからないこと、だから恐い。

もっとやんちゃだった頃は
俺は長生きなんかしなくていいし、
とかちょっとROCKでかっこいいとか思って言ってた。
今は早死にしたくない、と
弱弱しく死に抗っている。
歳をとったからかもしれない。
ジリジリと死は近づいているに違いないから。

しかし、あくまで予感ではあるが
僕は長生きができない気がする。
なぜかそう思う。
死ぬことを受け入れようと努力しだしてから。
もしかするとそう諦めて
自分を楽にしようとしてるだけかもしれない。

前にも書いたように
生と死はやはり対であり
抗うこと自体馬鹿げてるんだろう。
いつかはやってくる死を
どう扱うか、それがわからなくて
そしてやはり恐い。

生きた代償なのか。
こうマイナスに捉えることが正しいのか。
ここから先は宗教の世界だ。
やめよう。

肉体が死ぬことで
いわゆる主観としての存在は消えるだろう。
完全な無になるのか
はたまた科学では証明できない世界に行くのか
それはわからない。
まぁ今の状態とは違うとだけ言える。
ただこの世での存在は別だ。
主観が消えた瞬間から
少しの間は自分の分身として存在だけが残るだろう。

人の心に存在として残ること、
これを大事に思うかはその人の判断だ。
子孫を多く残すのも
歴史に名を刻むのも有効だ。

僕はどうだろうか。
あまり重要視しないかもしれない。
この体とこの心で、
友達ともっと遊びたい、
もっと親孝行したい、
素敵なパートナーと過ごしたい。
感じたいことは山のようにある。
だから恐いんだろうと思う。
もっともっと、だから。

この欲を全て満たしたら
その先が見えるんだろうか。
恐くないと思えるんだろうか。
全くわからない。

と23年目の課題を振り返った。
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by ninemonsters | 2006-10-09 03:08 | どうでもいい話
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